■ 品番: AJ-1003
■ 発売元:オフィス・アミーチ
■ 税込価格: 4,000 円 
■ ディスク内容:
 CD x 2枚DVD x 1枚
      (同時収録)
 
プロテューサーからのご挨拶
 
黒沼ユリ子
 
音楽の楽しみ方には、これまで三とおりの方法があったと思います。
自分で楽器を弾いて楽しむ。
第三者の演奏を聴いて楽しむ。
レコードを聴いて楽しむ。・・・・・ところが最近では、
録画DVDを観ながら、同時に聴いて楽しむ。・・・・・の四つ目の方法が増えました。
このアドリアン・ユストゥスの2枚のCD+DVDセットのアルバムは、まさに「今日」だからこそ、皆さまにお届け出来るプレゼントだと言えましょう。
彼のコンサートにいらして下さった方々は、このDVDを観ながら、あの晩に自分が受 けた印象や気持ち、客席の雰囲気や温度をまで思い出すことが可能ですし、その場に は不在だった方々もホールを満たした状況は感じ取れるでしょう。いずれの方々もこの アルバムで、アンコールも含むコンサートを愉しむことが出来ます。
その上、客席の最前列に座ってもよく見えない指板の上の4本の指の動きやボウイン グの細部までを、接写カメラの撮影によって手にとるように見せてもらいながら、この難曲を聴くことが可能なのです。

パガニーニの「カプリス全24曲」を一回の公開コンサートで聴けることは、世界中で もめったにないチャンスです。「あの難しい練習曲を、一度に全部聴かされるのか・・・」 と、このコンサートに足を向けるのを躊躇なさった方もありました。でも“勇気を持って” 足を運んで下さった方々が受けた想像外に大きな喜びや、感動を包み隠さず表現する 拍手の模様は、この中に確実に記録されています。
会場には曲が進むごとに「意表をつかれた」と思われた方も少なくなかったことでしょう。
なぜなら、まず演奏された曲順が前後し、その上誰よりもユストゥス自身がパガニーニ に感謝しながら演奏し、
パガニーニから受ける幸せを皆と分かち合いながら、この難曲 を披露していたことが感じとられたからです。
決して他の奏者と速度を競い合うような 演奏ではなく、歌い、語りかけ、嘆きながら、泣きながら、悦びに跳び上がりながら・・・
その言葉と言葉の合い間には当然、聴く者と一緒に呼吸をしていたのですから。
その“新発見のパガニーニ”を皆さまにお届けしたくて、このCDプラスDVDアルバム の制作に踏み切りました。

当夜のリサイタルでは、パガニーニの「カプリス全24曲」が、12曲後に5分間だけ の息抜きをはさんで連続演奏されました。そして20分の休憩後にはドビュッシーの 「ソナタ」も演奏されましたが、この作品は他のフランス系作品と並べて改めてCDの 制作をしたいので、今回のこのアルバムには含めませんでしたが、その分アンコールと して弾かれた3曲全部も続けて収録してあります。

以前からパガニーニがお好きだった方、またはアドリアン・ユストゥスの演奏を聴いて、 これまでお持ちだったパガニーニ像が新しく生まれかわり、意外にも以前よりも好きに なられた方も、どうぞ、ユストゥスの演奏による「人間の顔をしたパガニーニ・アルバム」 を十分にお楽しみ下さい。


   
   
パガニーニはお好きですか?・・・・ 


古今東西、自作自演が名演奏であった、との記録のある作曲家は少なくない。
バッハ、モーツァルトは言うまでもなく、19世紀のショパンやブラームス、20世紀の ラフマニノフやバーンスタインなど。だが彼らの生演奏を聴いたことがある人から、そ の話が聞けないことを私が今、最も残念に思っているのがパガニーニ。
彼の「“曲芸”に近い」と当時の人が言ったヴァイオリン独奏で披露された超絶技巧は「まさか悪魔に魂を売った代償にもらったものでは・・・」などと囁かれるほど、人間技で はなかったと歴史は伝えているから。

1782年10月にイタリアのジェノヴァで生まれたパガニーニは、幼少より父親から マンドリンとヴァイオリンを習いはじめたが、その猛特訓ぶりは傍目には常軌を逸した レベルだったらしい。毎日どころか毎分、まだ身体のすべての細胞が分裂しながら成長 を続けている3〜4歳の頃からピアノやヴァイオリンを学び始めさせると、その子の手 や指はその楽器に最も適したサイズや柔軟性を備えるようになることは、今日の生理学 でも証明済み。それ故かパガニーニの左手は異常に大きく指も長かったことは、当時の 絵画や版画などからも想像に難くない。
彼の同胞にはヴァイオリニストで作曲家でもあったバロック時代の大先輩たち、コレッ リ(1653-1713)、タルティーニ(1692-1770)やロカテッリ(1695-1764)などがいた。
少年ニコロは13歳ほどで、彼が生まれる半世紀も以前にロカテッリがOpus 3「ヴァイ リンの芸術(技)」
(L’arte del violino)でも示しているような、ほぼ“開拓完了”のヴァイオ リン演奏テクニックを全てマスターしてしまい、以降は自らが新しい奏法をさらに開発 しながら練習曲を創作し、密かに(ここに注目!)精進を重ねて
“超人的なテクニックを身につけたのだ。

パガニーニの音楽には、初めてそれを耳にする人をも魅了してしまう“何か”がある。
そこにはヴァイオリンという完成された美しい姿を持つ楽器が出せる最低音から、左手 の指が指板から飛び出してしまう4オクターブ上の最高音までの間を、たった4本の 指が超高速で上り下り、走り抜けるような速いパッセージや、まるで石畳の道路を4頭 立の馬車が疾走する時に作り出すようなリズムがあったり、また弦を2本、3本と同時 に弾いて、甘美なオペラのアリアが歌詞なしで歌われている二重唱や三重唱のような カンティレーナがあったりするのだ。彼の自作自演を聴いた1830年前後のヨーロ ッパ中の聴衆が、まるで病気にでもかかったかのようにパガニーニ熱に浮かされたと 伝える歴史が嘘ではないことに、あなたも頷けるだろうか?

時はまさに、音楽家が教会や貴族の保護なしのフリーランス・アーティストとしてコン サートをしながら自立できる時代に移り変わり始めた頃だった。彼は北イタリアを中心 に活発な演奏活動をスタートし、やがて全イタリアでの巡演に。そして遂に1828年 には45歳という“高齢”で音楽の都ウィーンに出て自作自演の演奏会を重ね、皇帝を はじめ全市の聴衆を熱狂させてしまった。シューベルトはパガニーニのコンサートの入 場券を買うために家財道具まで売ったという伝説さえあり、ショパンもきっとこの時に 初めてパガニーニという天才の演奏を耳にしたのだろう。はやくも翌1829年には 「パガニーニの思い出」を作曲している。その後プラハでもドイツ各地でも、彼の超絶 技巧による豊かな感情表現によって聴衆を圧倒的に酔わせ、続いてパリ、ロンドンも 征服してしまう。それは如何なるアングルから眼をこらして見ても「からくり」が発見で きない魔術師の手品を見る様だったのかも知れない。だが、そこには常に、人生にお ける喜怒哀楽の普遍的な感情が溢れる様につめ込められていたからこそ、老若男女 の誰もがパガニーニの大ファンになってしまったのだろう。

彼の音楽の新鮮さもまたロマン派の作曲家たちに強烈なインパクトを与えた。一見、 驚くべき単純さを装いながら、その反面、十二分に充実した内容を隠し持つ主題とそ のエッセンスを、誰もが先を争う様に借用して自分の作品に取り入れ、次つぎと「パガ ニーニによるXX」という作品が生み出されたことからも明らかだ。パガニーニの音楽 には、どの曲にも秘められた無限に近い空間があり、それは聴く者の想像力によって如 何ようにも想いを飛翔させることを可能にする。自然界の風物を想い描けたり、人の会 話さえ聞こえてくるように感じさせる曲を、ヴァイオリンという4本の弦と左手の4本の 指、そして右手に持つ弓一本で表現しているからこそ、多くの作曲家たちへも貴重な ヒントを与え、200年近くも経た今日でもなお生き続けているのではないだろうか。
私はそう思う。


   
「24のカプリース」の演奏

この「24のカプリース」全曲を演奏するには、パガニーニ自身が持っていたのと同程 度の技が要求され、ヴァイオリニストであれば誰もが演奏できるというシロモノではな い。それはこれが無伴奏曲であるからのみでなく、ヴァイオリンという楽器が提供でき る最大限の表現手段を追及しているためだ。しかしそれは単に、努力を積み重ねれば 誰でもが到達できる技ではなく、左手が非常に大きいか、または指が長く柔軟性があ ってよく伸びる、などの肉体的な条件も備わっていなければ不可能という意味もある。
しかしながら無論、単に「大きな手さえあれば弾ける曲」では決してない。それにはアル ピニストが登頂の瞬間に得る歓喜を求めて踏破を続けるように、まずこの「カプリース」 の音楽に魅せられ、一曲づつに挑戦しながら征服して行く決意かなければ実現不可能 だと言えよう。

20世紀の代表的大ヴァイオリニストたちでもハイフェッツ、オイストラフ、スターンな どは、アンコール・ピースとして幾つかの「カプリース」のみを選んで演奏していた。この 「全24曲」はリッチ、アッカルド、パールマンなど、いわゆる“パガニーニ弾き”とレッテ ルを貼られたヴァイオリニストたちの曲のように思われてもいたが、今日では、かなり 多くのヴァイオリニストたちによるCDも発売されるようになった。がしかし、それらは 全て録音スタジオ、または客席が空のコンサートホールで数日、または数週間をかけて 録音されたもので、それに加えて各曲が数回の“弾き直し可”で、そこから選び抜かれた 録音によって制作されている。実際のコンサートからのライブ録音によるCDは、T・ パパヴラミの盤があるのみのようで、このアドリアン・ユストゥス盤のように、コンサート でのライブ録音プラス録画がセットになって出版されるのは、おそらく今回が世界で 最初ではないだろうか。となると、これはいわば画期的=エポック・メーキングなこと、 と私は思っている。
(A・マルコフの盤には映画撮影が含まれているので、これとは異 なる)

ニコロ・パガニーニの名前を永久不滅にしたこの無伴奏ヴァイオリンのための 「24のカプリース」は、実は出版された1820年頃に作曲された作品ではなく、ほ とんどが青年時代から書き貯めていた練習曲を元に作曲を継続して完成されたと言われている。それは出版がこれよりも早かったヴァイオリン協奏曲No.1をOpus 6とし、 この「24のカプリース」をOpus 1としたことからも窺がえる。パガニーニを実際に聴 いた聴衆は、彼が自作を全て暗譜で演奏していたと証言しているように、彼は自作の 楽譜を他人に見られるのを極力嫌っていた。そのため散逸していた譜面を数曲ずつま とめて、分けて出版されたものを集めたのがこの「24のカプリース」となった訳で、今 日、通常使われている曲順は、決してパガニーニ自身が決定したものではない筈。
おそらく彼自身も一晩のコンサートに全部を演奏するのではなく、その都度、その夜の 気分や聴衆からの反応を見ながらピックアップして弾いていたのではないか、と私は 思う。何故なら、この24曲を印刷されている曲順に演奏しなくてはならない本質的な 理由はみつからないのだがら。にもかかわらず現存するCDでは、ヴァイオリニストの 誰もが出版されているとうりの順番で演奏している。

しかしこのCDでは一目瞭然、No.1, No. 2, No. 3とは続けられていない。それはアドリ アン・ユストゥスが、すでに何回ものコンサートで試演しながら考え抜いた、現時点では 「最適」と考えている順序だからだ。No.1を冒頭に、 No.24を最終曲に選ぶが、その他 は前後の曲の調性でのつながりや内容、雰囲気のコントラストなども考慮して決定。 全24曲を続けて弾くヴァイオリニスト本人と、そのコンサートの聴衆がベストなシチ ュエーションの中で、この曲集を享受すべきだと考えてのことで、実際次のような感想 も聴衆から寄せられている。

“正直言ってユストゥスのコンサートに出かける前は「練習曲が24曲か・・・」という思 いもあったが、それは全くの杞憂に終わった。彼の音楽は生き生きしており、小手先で は出せない音が溢れ出てきて、伝えたいことが一杯詰まっていた。パガニーニでこん なに素晴らしい時間を共有させてもらえるとは、望外の喜びだった”と。
これはユストゥスが24曲を決して練習曲風には調理せず、彼特有のルバート(自由さ)とテンポの設定で味付けされた演奏だったからだ。あたかもストップウォッチが審 判を下すオリンピックの競走のように、スピードで技を見せるような演奏とは、かけ離 れていたのだ。それは初めて見る予想外のパガニーニ像を眼前にさせられたかのよう に聴衆を驚ろかせたが、と同時に、それが新鮮な喜びに変わって納得させられた彼ら の笑顔と拍手がホールを満たした。当然ながら演奏時間には大変革を起す。1959 年のルジェーロ・リッチ盤から、それに続くすべてのヴァイオリニストたちによって録音 されているCDでは全24曲が1枚に収録されているが(久保陽子盤を例外に)、こ のユストゥス盤は2枚組になっていることでも証明されているように。何と彼らより2 0分も演奏時間をオーバーしているのだから。


   
アドリアン・ユストゥスの演奏の特色

私は以前ユストゥスのことを「歌うヴィルトゥオーゾ」と紹介したことがあるが、その時 「彼は声楽家でもあるのですか?」と質問され、返答に窮した。が、今あえて私はそれに 「イエス」と言わせて戴こう。「但し彼は、弓で呼吸をする声楽家なのです」とつけ加え ながら。

アドリアン・ユストゥスは、どんな曲のどんなか所を弾いていても歌っている。たとえそ こがテクニックの上で如何なる難所であっても。彼は常に右手に持つ弓と共に呼吸し ているため、この「24のカプリース」全曲の演奏時間が他のヴァイオリニストたちよ りも長いのは、まさにその理由によっているのだ。彼はフレーズとフレーズの間で必ず 呼吸をする。時には深呼吸でさえも。であるから彼は「まるで息もつかずに弾いている ようだ」という驚異的なスピードによる演奏への挑戦には無関心。そして「息を飲む様 な早技(はやわざ)!」という称賛にも興味を示さない。「精巧な機械のような演奏」で はなく、生きている奏者と聴く者の「呼吸がピッタリと合うテンポによる演奏」が最優先 される。それは超特急列車の窓から見る景色ではなく、樹木や畑の作物の表情までが 見てとれるローカル電車の窓から見る景色から得る喜びと似るとでも言えようか。

パガニーニが私たちと同じ一人の人間であったことを、他のどの彼の作品よりも如実 に示しているのが、この「24のカプリース」ではないかと私は思うが、この中には彼 の独白あり、対話あり、にぎやかな会話あり、祈りさえも聞こえて来るようで、最もイン ティメートな作品群ではないだろうか。


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